あなたが、笑った気がした。
どうか、どうか、深く祈る。
深く願う。
あなたが、笑って生きられる未来を。
そのためだったら、私は何度でも、繰り返す。
常緑の木々が包み込む。
雪深いこの地にも、だいぶ慣れてきた。
奥州平泉。
身を寄せてから少し過ぎ、ようやく落ち着いてくることが出来た。
そのせいで、考えることが出来るようになってしまった。
手の上に転がるのは、あの人が身に宿していた緑の玉。
八葉の、証。
「景時さん…」
優しくて、いつも私に安らぎを与えてくれた人。
辛そうな顔を隠していたことは知っていた。
けど、私は、景時さんが穏やかな笑顔で甘やかしてくれるのに安心していたんだ。
「逢いたい、な」
言葉にしたあと、直ぐに自己嫌悪に陥る。
きっと、もう、私の顔など見たくない。
ううん、私の想いが迷惑なだけ。
それでも、好きなの。
「…好きなんだ」
見上げる空には月が煌々と輝いていて。
澄んだ空気に、光る月。
景時さんと一緒に見た月よりも、冷たく感じるのは、季節のせいだろうか。
「かげとき、さん」
こんな資格、ない。
私は、景時さんを想って、泣く資格ないのに。
どうして、涙がこぼれてくるんだろう。
この運命は影時さんを苦しめるって、私は知っていたのに…。
それでも、選ばずにいられなくて。
あなたが、大好きで。
そして、ここまで来てしまった。
景時さんが、いないのに…。
涙で、朧げな輪郭を映す月は、今日も綺麗だった。
あの夜、景時さんと二人で見た満ちた月と同じように。
幸せだった。
優しく笑ってくれる好きな人。
親友のお兄さんで、頼りになって、優しい人。
怨霊は出るし、戦はあるし、嫌なこともあるけど、安心して笑っていられたのは側に好きな人がいてくれたから。
ううん、側で、笑っていてくれたから。
それだけで、私は強くなれた。
幸せに感じて、笑っていられた。
どんな時だったとしても。
貴方がいるだけで幸せだった。
その幸せに気付くことなく、ただただ、享受した。
私は、幸せだった。
私は、愚かだった。
「新しい着物でも、作ってはどうか、と」
みんなが優しい。
「御館が?」
みんなが気遣ってくれる。
「ええ。銀殿が望美が塞ぎこんでいる、とでも報告なさったのかしらね」
それでも、埋まらない。塞がらない。
「塞ぎこんでるように、見える?」
胸にある空虚。
「少し。…望美」
ああ、ほら、私は愚かだ。
「大丈夫。ありがとう、朔。朔のほうがつらいのにね」
こんなに、大切にされているのに。
「望美…」
それでも、逢いたいと願ってしまう。
「私は、勝手に想ってるだけだもの。片想いはそういうものだし」
例え、逢うことでみんなに迷惑を掛けて、命を失うことになっても。
「…ありがとう、望美。あの兄上のことをそんなに想ってくれて」
「ううん」
これは、ただのわがままでしかないんだよ。
「私ね、望美、今ここにいること、心から誇れるの。兄上には逆らったけれど、あなたとは一緒にいられるから」
「朔…」
「兄上も大切。だけど、あなたも、望美のこともとても大切だから。その望美が私と同じに兄上のことを大切に想っていてくれてすごく嬉しいわ」
優しいね…、さすが、景時さんの妹なだけはある。
「…さく…」
「泣いていいのよ、望美」
「側にいてくれて、ありがとう…」
私が希望を失わないでいられるのは、まだ朔が側にいてくれるからなんだよ。
景時さんが大切な妹である朔を見捨てることなんてないから。
優しい景時さんをまだ信じている。
ううん、私は景時さんを疑うなんて出来ない。
嘘のつけない人だもの。
「兄上は戻ってくる、望美のところに。だって、兄上はあなたの八葉ですもの」
「うん。私たちのところに、帰ってくる」
「そうよ、私たち二人の龍神の神子の願いが聞き届けられないわけないわ」
「そうだよね」
零れ落ちた涙を拭うと弾みからか何かが転がり落ちた。
「え…?」
その落ちたものを朔が拾い上げる。
「望美、これ…」
若緑の香袋。
「あの時の…」
景時さんに渡した余りで作った梅花の香。
あの時の香り、ほんの少し薄らいだだけでそのままのそれ。
「大丈夫」
「ええ」
きっと繋がっている。
この香りも、この想いも。
緑に包まれて。
緑、この色は私にとって何よりも大切な色。
あの人と、私を繋いでくれるただ一つの色。
あの人に宿った、あの人を表すのに一番似合う色。
私の一番大好きで、一番安心させてくれる色。