降雪


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雪は嫌い。
あの日も、雪が降っていたから。
事故も多くなるし、道路も渋滞する。
雨よりも厄介な天気。

「雪なんか、降らなければいいのに」
「そう?私は嫌いじゃないけど」
窓の外、ひらひらと落ちる白い固まりをぼんやりと眺めて呟くと、隣から思いがけない言葉が上がった。
「綺麗だわ」
「そうですね」
見た目だけは。
実際はごみなども含んでいるし、冷たくて、そのくせ直ぐに溶けて、ぐちゃぐちゃになる。
「人って目から入るものを認識して、それをどうだと判断できる優れたものを持ってるのよね」 美人で腕のいい女医である彼女は、私とは違う様々な汚いもの、醜いものを見てきているはずだ。それでいて、何を紡ぐのか。
「世間は、今日降る雪をホワイトクリスマスだと喜ぶんでしょうね。私には縁のないものになってしまっているけど、羨ましいわ」
ホワイト、クリスマス。
そうか、今日から明日は、クリスマス。
医者には過酷な一日でしかない。
そう、当然、あのワーカホリックのあの人なら余計に。

「ついてない…」
朝持ってきた傘がなくなってる。
お気に入りだった水色の傘。
外を降る雪は一層静かに、深々と積もっていっている。
「売店、もう閉まっちゃってるよね」
「どうした?今帰りか、ミキ」
あ…。
「朝田先生…、傘持ってないですか?」
せめて近くのコンビニまで。あれば助かる。
「俺が持ってると思うか?」
「ないよね…」
傘を持ってくるような人じゃない。
この人は自分には本当に無頓着だ。
「少し待ってろ、伊集院に今借りてきてやる」
「え、でも…」
「あいつなら、2、3本は持ってきてるだろうよ」
ひらひらと手を振って、当たり前だというように去って行く。
「…忙しいんだろうな」
夜から朝にかけたら、きっと休む間もなく忙しいんだろう。
クリスマスだからこそ、忙しい。
「クリスマスが嫌いになりそう…」
そもそも、好きだといえるほどの思い出が私の過ごしたクリスマスにはないのだから。
「なんか…、嫌な女」
世間の人たちの幸せを妬んでいるようで、心が狭い。
「ミキ」
「あ、朝田先生。…どうしたんです?その格好」
さっきまでの白衣姿から、革ジャンにジーンズの姿に変わっている。
「どうしたって、俺も上がりだからな。俺も傘ねぇし、一緒に帰って問題ないだろ」
「…もちろん」
傘はやっぱり伊集院センセから貸してもらったんだろうなぁ、嫌そうにしている姿が目に浮かぶ。
「もっとこっち。濡れるぞ」
「ふふっ、うん」
腕に抱きつく。こんな風に帰れるなんて、何が幸福となるかはわからない。
「どうしたんだ?」
「なんでもないよ、ただ、他の人たちから見たら、私たち恋人同士に見えるかな」
大好きな、龍ちゃん。
好きになって、抱かれたいと思った唯一の人。
「まぁな」
優しい、人。
「ねぇ、朝田先生」
「ん?」
「今日、何の日だっけ」
せめて今だけ、世間と同じ感覚でいたい。
それが一時の夢でしかなかったとしても。
「大晦日の一週間前」
「それはそうだけど…」
まぁ、私たちなら、こんなものだろう。
ねぇ、龍ちゃん。
「ああ、そうだ。ほら、ミキ」
空いているほうの手が差し出す。
「クリスマスプレゼントだ」
手の平に。
「え…」
赤い包装のされた小さな箱。
「気に入らなければ、質にでも入れて」
思わず、抱きつく。
卑怯だ、こんなの。ズルイ、龍ちゃん。
プレゼントが貰えるなんて、思ってもみなかった。
「大事にする…、ありがと、龍ちゃん…。嬉しい…」
ぎゅうっと、力を込める。
夢じゃないか、確かめたくて。
「ミキ…、苦しいだろ」
そう言いながらも振りほどくことなく、子どもをあやすようにさすってくれる手。
「龍ちゃんには…私をあげる」
すごく嬉しくて、口付ける。
「…それも、悪くないな」
今夜だけは、最高のクリスマス。






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