何となく眠れなくて、障子を開けてみる。
外は月の光が煌々としていて、明るかった。
私は思わず、床にごろんと転がって、空を見上げた。
月は白く輝いているのに、光は何故か黄色い色をしているように思った。
「本当は、青白い光、とか、言うのかなぁ」
手を伸ばす、まるで、月を掴もうとするかのように。
「すごく、明るい」
他の光源がないからかもしれないが、夜照らす天上に頂く月はまばゆいくらいに明るかった。
そうであるのに。
「なのに…、こんなに、冷たい」
手を伸ばしても、全く温かくない。
冷たい、冷たい、月の光。
私は少し、泣きたくなった。
月は綺麗で、でも冷たくて。
「んー、今日も最高の洗濯日和〜」
軽く伸びをして、空を見上げる。
真っ青に晴れ渡る空。風も強くなく、また弱くもなく。絶好の洗濯日和。
「あ」
庭には、既に人影があった。
その姿に自然と心が温かくなる。
それは天気が良くて気持ち良いからだけじゃない。
「望美ちゃん」
「景時さん…、おはようございます」
「おはよう、随分と早いね」
お日様は昇っているとはいえ、まだ早い時間だ。
朔のように勤めがあるわけでもないだろう。
早めの剣術の稽古でもあったのだろうか。
彼女は頑張りやさんだから。
「…早く、目が覚めちゃって」
眠りが、浅かったのだろうか。
自分でも経験がある、こんな朝は、人に合わせるのはつらい。
「そっか。じゃあ、良かったら、洗濯、一緒にしてみない?」
何か仕事があれば、それに打ち込めれば、楽だったりするものだ。
「はい、お手伝い、させてください」
ほんの少しでも、楽になればいい。
「ありがと〜、望美ちゃんが手伝ってくれたから、すごくいっぱい出来たよ」
庭に、はためく洗濯物はいつもよりかなり多めだ。
「そうですか、お役に立てて、何よりです」
朝よりは幾分回復した表情で笑う。
「もう、すごく助かったよ、望美ちゃんは洗濯の才能があるよね、天才かな」
少しでも、元気付けたくて、笑って欲しくて、大げさだとはわかっていても、言わずにいられない。
「そんなこと、ないですよ」
「いやいや、洗濯を楽しみとするオレが言うんだから、信じてよ」
ね、と笑うと、はい、と素直な返事。
心地好い。
「でも、少し疲れてない?こんな日はね、日向ぼっこにももってこいなんだよ」
心地好さに任せて、日の当たる板張りの上に転がる。
真似をしてごらん、という風に転がれば、彼女も素直に真似してくれた。
「本当だ、あったかい…」
望美ちゃんが、寝転がって、そのまま、手を伸ばした。
その手にも太陽は暖かい光を降り注ぐ。
「気持ちいい…」
干されていく感じ。
日の光に浄化されるように感じた。
それは昔の自分のことだと、苦笑が浮かんで。
望美ちゃんは今、何を考えているのだろう、と思う。
「同じように、黄色い光なのに、太陽はこんなにあったかい」
ポツリ、と彼女からこぼれた言葉。
「月とは、違う」
その言葉は、寂しそうに聞こえて。
「月が苦手なのかなぁ、望美ちゃんは」
「う…ん、どうなんでしょう。すごく綺麗で、好きだと思うんですよ」
困っているような声。
「オレはねぇ、お日様のほうが好きかもしれないな」
「お洗濯物、乾きますものね」
上を向いていた彼女が、こっちを向いて笑う。
「そうそう。それに、元気に、なるんだよね…、太陽って」
月は、苦手だ。
嫌なことは、いつも夜闇に隠れておこなってきた。
月はその夜闇を照らして、オレも照らす。
見ているのだ、と言わんばかりに。
「元気…、そうですね」
ひとつ、頷いて。
「確かに、いい天気だと、自然と笑顔になりますね」
そう、そうであって欲しい。
あの、空で輝いている太陽のように。
「望美ちゃんは笑っていて。望美ちゃんが笑っていてくれれば、それだけで、オレ、元気になれちゃうから」
ウソじゃない。笑っていて欲しい、そう、いつも思っているから。
「望美ちゃんはね、オレにとってのお日様なんだよ!なくちゃならない存在なんだから」
ああ、笑ってくれた、そう、そうでなくちゃ。
「笑っていて、お日様が翳って、泣いちゃったりしたら、洗濯物も、濡れちゃうよ」
洗濯物程度のオレには、お日様をなぐさめてあげるなんて、到底出来そうもないけど。
君の温かさを、誰よりも望んでいるから。
月の冷たさに、あなたを感じる。
太陽の優しさと月の冷たさ。
私は、その冷たさが怖かった。
ううん、怖いのではない。
あまりに遠くて、その距離に怯えて、手が届かなくなりそうで、嫌だった。
同じように黄色の光。
どちらも、私を照らす光。
私の道を照らす光。
私の目指す未来。
「逃げない、もう」
月の光に手を伸ばす。
どんな未来も、掴み取って、変えてみせる。
太陽の光を反射しない月などないのだから。
私は、あなたを照らす光になってみせる。
光り輝く未来を景時さん、あなたと一緒に掴むため。