「柊先輩、お久しぶりです」
「…夢野くん」
「心配だったんです、ずっと、学校に来てくださらなくて、マリーランドで何かひどいことを、されたんじゃないかって」
心なしか恵一の顔が青褪めるが、歌は恵一の変わらぬ姿に安堵するのに忙しいのか気付いていない。
「なー、言ったとおりだろ?ピンピンしてる」
ひょいっと横から潤が顔を出して茶化す。
「潤、どこから湧いて出た」
「人を虫か何かみたいに…、ホラ、な、ひどいだろ?いつもこんな感じなんだぜ」
「虫と同程度の価値しかないからだ。夢野くん、こんなののことはいい。送っていくよ」
す、と優雅な所作で後部座席へと誘導する。
「あ、は、はい…、あれ、えと、潤くんは」
「ああ、潤ならセバスタン辺りが迎えに来るだろうから、心配要らない」
恵一が乗るのにあわせてドアが閉められる。
「そうですか…」
久しぶりに逢えた恵一に歌が思わず見惚れる。
「…、どうかした?夢野くん」
「えっ、あ、いえ、その…、先輩が、いない間に、色々なことがあって」
少し、思い出してました、と慌てて取り繕う歌を恵一は可愛く、好ましく感じる。
「へぇ、どんなこと?」
「えっと、クロミが、お城からまた脱走して、黒音符を集めてるんです…、だから、また色々な悪夢魔法が発動して大変なんです」
頑張らなきゃという風に手を握り締める姿がいじましく思える。
「それは、大変だね…、僕も力になれればいいけれど」
最初は本心でそう告げたが、一瞬あとになって、思い直す。
自身の直面している最悪の状態に。
「ありがとうございます、でも、先輩にご迷惑をかけたくないです」
夢見る乙女のような視線で歌が恵一を見つめた。
「それに、今回は変わった助っ人も来てくれるんですよ」
「変わった助っ人…」
恵一は嫌な予感がする。そして、それが確実に的中するであろうことも。
「はい、うさみみ仮面っていうんですけど」
一番聞きたくない名前を一番聞きたくない相手から聞くことになり、少なからず心にダメージを負う。
「うさみみ…」
「はい」
頷く歌が嬉しそうなので、笑いものにされていることに精神的負荷が掛かる。
「すごいんですよ、見た目がうさぎの王子様なのに、やることは本当のヒーローで、ちょっと憧れちゃいます」
先輩の前で何を言っているんだろう、と歌が青くなるのに対し、恵一は少し赤くなる。
「ヒーロー?」
「…はい、えっと、意外と、格好良いなぁって。この間も、助けてもらってしまって、そういえば、お礼も言えなくて」
どうしよう、と悩み始めてしまった歌に恵一は当惑する。
「夢野くん」
「あ、でも、その、先輩を好きな気持ちとは、また全然違くて…」
慌てて弁明する歌は真っ赤になって言い募る。
「その、うさみみ仮面も、きっと夢野くんたちの役に立てて喜んでいるんじゃないかな」
「そ、そうです、ね…」
告白は全く聞き流されてしまって、歌としてはほんの少し落胆するばかりだ。
「格好良い、か…」
そのせいで、恵一の表情に気付くことは無い。
「夢野くんにそう思われるなら、悪くないかもしれない…」
穏やかに、笑う、珍しい恵一の姿に。