手が赤い。
なんだ、血がついてる。
当たり前のように、そう思った。
血がついていて、当たり前。
血で汚れていて、当たり前。
たぶん、きっと、これからも。
それで、いいと思った。
家族を守れるすべなんて、他に知らなかった。
オレは、弱くてどうしようもなかったから。
あの人はとても強くて、オレではけして敵わないとわかっていたから。
下手に力がわかるのは厄介な事だ。
敵わないということを間近で思い知らされる事になる。
知ることなどなければ、いっそ一思いに殺されていてせいせいしただろうに。
そんなことも、よく思う。
ダメなヤツ。
自分が時たま嫌になる。
こういう生き方しか出来ないとわかっていても。
弱いなりの生への足掻き。
それすら、虚しく思えて。
もし、ここから抜け出せるのなら。
そんなことは無理だとわかっていても。
手を伸ばしてしまう。
愚かしい、オレ。
月までが赤い。
まるで、このオレを赤の支配から解放しないといっているように。
「こんばんは」
「っ!?」
不意に掛けられた声に驚いて振り向く。
「驚かせちゃいましたか?」
ごめんなさい、と目を丸くして謝るのはこの源氏を導く軍神子だ。
「いや〜、そんなことないよ〜」
へらり、といつもの笑みを浮かべて遣り過ごす。
いや、遣り過ごそうとする。
「そうですか」
良かった、と笑って、彼女は当たり前のようにオレの隣に来た。
「随分と、遅かったんですね」
寂しそうに、そう聞こえるのはオレが彼女を好きだから起こす願望だろうか。
「そ、そうかな〜、いつも、これぐらいじゃない?」
偵察という名目で、オレが何をしてくるかなど、彼女は知らないはずだ。
「そうですか?」
「そうそう。そんなことより、この辺り、とっても暗いよ〜。望美ちゃん、もしかしなくても、一人で待っていたんでしょ?危ないって〜」
話題転換をして、気を逸らす。実際、この辺りは暗いし、あながちウソでもない。
「大丈夫です、こう見えても、源氏の神子、ですよ?」
きらり、と刀を構えて見せる姿が、月明かりにとても綺麗で。
赤い月でも彼女は綺麗に輝くのだと、自覚させられる。
「満ちた月、か…」
「景時さん?」
朔が言っていた。名前まで対だ、と。
「いや…、なんでもないよ」
月には、手が届かない。
「今夜の月は、赤く見えますね」
その言葉に思わず彼女の顔を見る。
彼女は月を見ていて、月はオレたちを見下ろしていた。
「そう、だね」
ぎゅっと、拳を握り込む。
彼女にオレの真っ赤な手の平を見られないように。
「綺麗ですね」
「え?」
「なんだか、現実じゃないみたい」
茫然としながらも彼女の言葉だけは聞こえる。
「私たちの世界で、月が人を狂わせるって話があるんです」
こっちにも、あるのかな。そう、笑いかけてくる。
「赤い月は、その話に、よく似合う。そう、思いませんか?」
月を見ていた彼女の顔が、オレを見上げる。
握る力をより強める。
「お月様は、人を狂わせるんですね…」
彼女の唇が、オレの唇を塞ぐ。
赤い月が、狂わせる。
赤い血に染まる。
それでいい、構わない。
だって、それで、守れるんでしょう?
今度こそ、失わずに済むんでしょう?
だったら、手を血に染めるくらい、身に血を浴びるくらい。
我慢する。我慢出来る。
赤く染まっても、あの人を、守りたいから。
望月は、赤く染まる。