* 闇の中 *

鬱々と広がる闇。
真っ暗ではない。
濃い青、だ。
黒い色でなく、藍。
夜みたいな、私を包み込む色。
不安や恐怖、そんなものが凝り固まってはいるが、優しい。
絶対に闇に落ちることはないのだろう。
そんな、場所。
でも、けど、自分は何故こんなところにいるのだろう。
見覚えはない。
おそらく。
周りは、静か、とは言えない。
むしろ、騒がしい。
様々な声が聞こえる。
その中に、聞き覚えのあるものがあった。
それは、最も、好きな人の声。




「あ……」
どうしたらいい?
こんな人に、俺が勝てるのか?
人なのか?
むしろ化け物だ。
生きて帰れるとも思えない。
それでも。
嫌だ、死にたくない。
どうにか、生きるすべを。
持てる全てを持ってして、命を繋がなくては。
それでも、この結界も、いつまで持つか…。
今は、弱気になってるときじゃない、この結界を保たせることこそ必死。
そうでなくては、俺というちっぽけな存在は消えてなくなるのだから。


ほぉ。
なかなかに使いどころのありそうなやつがいるな。
政子に屠られていくものが多い。
その中で志気を保っている。
保っていられる。
どこまでも強い生きることへの執着。
それは、必要だ。
そして、何より、その力。
政子の力に抵抗できる、それだけのすべを持っている。
あれは抑えてはいるが、神の力の片鱗であるのに…。
面白い男だ。


邪魔をするものは許さない。
この人の歩む道を塞ぐものなど、許しておけるはずなどない。
でも、それさえも楽しんでしまうのだから。
本当に、この人は、私にとっての理想の男性ですわ。
思わず、笑みが浮かんでしまうほどに。
人間を屠るなど、簡単なこと。
脆弱で愚かな者がほとんど。
取るに足らない糧となっていく。
けれど、この最後に残った人間、意外と厄介ですわ。
政子として力を振るうには、少し、手に余ってきましたもの。
頼朝様の邪魔となるものに、血の粛清を与えなくてはいけないのに…。


「やめよ、政子」
「はい」
政子は涼しい顔を装って、頼朝の言葉に嫣然と微笑む。
それが望みだというように。
「お前、名は」
声をかけられたことに呆然としながら、頼朝を見上げる。
「梶原、平三、景時にございます…」
「景時、来い」
「……、御意」
景時は思わず、臣下の礼をとる。



過去、だ。
景時さんの。
ううん、景時さんが頼朝さんの臣下になったときの。
そのときの、すべて。
白龍の力かな。
私は、それを観るだけしか出来ない。
変えられない、過去なんだ。
飛び出していきたかった。
飛び出していって、変えてしまいたかった。
私の、知らなかった景時さんの過去。
昔から、ずっと、こんなに一人で戦って。
一人で、抱え込まされて。
悪いのは、あなたじゃないのに。
この空間が、あなたの過去だというのなら、優しいと感じた気持ちは絶対なのに。
ねぇ、景時さん。
あなたは、深い青。藍色。愛色。





「ん…、」
さらさらとした綺麗な髪が布団の上に乗っている。
うーん、どうしたんだっけ…、オレ。
思い出せないなー。
あ。
布団の上が軽くなる。
ちょっとボーっとしてる。
可愛いなぁ。
ふるふる、と首を振って。
パン、と頬を叩いて、ってそんなに強くしなくても、ほら、痛いよね〜、そうだよね〜。
「ゴホッ」
あれ、オレ、声、出ない?
「あ、起こしちゃいました?ごめんなさい」
声が出ないから、代わりに首を振る。
「倒れたんですよ?覚えてますか?心配したんですからね、またっ、また怪我でもしてるのかと…」
あー、泣かせてる?ごめんね、ごめんね、望美ちゃん。
印を、切って。成功、するかな…、いや、させなきゃ。
軽い、破裂音。
うん、成功。
「え…、カメ…?」
『うん、また、動きの遅い動物になっちゃったね』
やっと、君に言葉を伝えられるね。
「景時さん」
『ごめんね、泣かせて』
でも、涙できらきらとしてる望美ちゃんの瞳がすごく綺麗だと思うよ。
「いいえ、でも、こんなに酷くなるまで…、無理、しすぎです」
『ごめん』
本当に、ごめんね。また、泣かせちゃったね。
「謝らないでください。私は、景時さんがいっぱい苦しんで、いっぱいつらい思いをしてきたの、知ってるんですから。私にぐらい、甘えてください」
『うん、ごめ』
あ、う。謝るの、禁止?
「景時さん。…もう、ね、大丈夫ですよ」
何が…
「安心して、いいです。あなたはとっても強くて、もう誰にも、何にも、負けることはないんですから」
『……、ありがとう』
君がそう言ってくれるなら、きっと、そうなる。
オレも、そう、してみせるから。
もう、怖い闇は、俺を捕らえない。