ハロウィン


. . . . .

「トリック・オア・トリート!」
「とり…?」
教室の扉を開けて一番、朝から元気で、明るい声が聞こえた。
その持ち主は、井上織姫。
俺の…、彼女だ。
「Trick or Treat!お菓子くれないと悪戯するよ、ってこと」
にこり、と笑う井上は今日も元気で。みんなの前じゃ、口が裂けても言えないが今日も可愛い。
「あー、なんだっけ、それ。ハローワーク違うな、ハローマック…?」
「ぶっぶー!はずれです。正解はハローウィン」
「ああ、そっか。確か、仮装して、家を回り歩くんだよな」
遊子や夏梨が少し前に騒いでいたっけ、楽しみだ、と。
「そう!それで、家々からお菓子をもらうの」
楽しそうに笑うから、つられてこっちも笑ってしまう。
井上は、それでこそ。
それでいい。そうでいてくれ。
そのままで。
「へぇ、楽しそうだな」
「でしょ」
そう言って、期待のまなざし。
あ、ヤベェ。
「悪いな、井上。俺そういうイベントごと、疎くて。お菓子持ってねぇや」
啓悟あたりなら持っているだろうから、分けてもらおうか。
「ふふっ、そうだろうと思いましたー。だから、いたずら、していいですか?」
「…、仕方ない、受けて立とう」
「ほんと?あ、じゃ、ちょっと、こっち」
教室の外にまで連れ出される。
なんとも珍しい。
「どうした?」
「こっち、こっち」
廊下の隅っこ、影のほう。
「あのね、」
耳を寄せるように手招きされる。
ちょっと、期待。
「何…わっ」
ふーっと、耳に息を吹き込まれる。
「わぁい、ひっかかったー!」
ちくしょう。期待した俺がアホみたいじゃないか。
「えへへ、いたずら大成功ー」
「…ったく、ほら、教室戻んぞ」
「うんっ、ねぇ、黒崎くん」
まったく、ひっかかるのさえ悪くないとか思ってる自分に乾杯だ。
「今度はなん」
頬に、柔らかい感触。
直ぐに、離れて…。
「えへへ」
やばい。
顔がにやける…。
あーあ、ちくしょう、井上に完敗だ。
「大成功ー」
「…あー、もう、先戻るぞ」
「あ、待って」
ぱたぱたと、俺のうしろに駆け寄って。
一緒に教室戻ったら、冷やかされるが、今日はそれも悪くない。
扉に手をかけて、からりと開く。
ぱふん、と舞う、白い粉。
「やーい、ひっかかってやんのー」
「く、黒崎くんっ」
「いたずら大成功ー!」
「たつき…、啓悟、お前らなぁ…」
黒板消しを落とす、なんて。
こんな古典的ギャグ、…悔しすぎる。
「お菓子くれないと、いたずらされんのよ、諦めな」
「そうだぞー、一護。学校にお菓子は必需品だってことがよくわかっただろ」
「あー、よぉくわかったよ。啓悟、お菓子もらってないから、お前にいたずらしなきゃなぁ」
「え、あ、ひっ、なんで、俺だけー!?」
そりゃもちろん、たつきにやったら、悲しむだろうから。

「今日は楽しかったね」
「おう、まぁな」
秋の帰り道は夕暮れが早い。
「あ、そうだ」
がさごそと、鞄を探る。
「はい、これ。遊子ちゃんと夏梨ちゃんが、トリック・オア・トリートって言ったら、あげてあげて」
可愛い包みにくるまれているのは当然お菓子だろう。
「サンキュ」
「どういたしまして」
「…あの、さ」
ピンクと白、それぞれの包みにはかぼちゃをかぶった、くまのカードとうさぎのカード。
「なぁに?」
「いや、なんでもない」
言えないさ、ちくしょう。
俺にはないのか、なんて。
どれだけ子どもだ。
「…そっか、それじゃ、また明日」
「おう…、また明日」
明日まで、待ち遠しいとも、言えなくて。

「ただいま」
自分の子どもっぽさに情けなくなる。
「遅いよ、一兄!」
「お兄ちゃん、早く早く」
帰って早々、挨拶に返ってきた答えがこれですか。
「何を急いでるんだ、二人と…も?」
見ると、二人でおそろいのいでたち。黒のとんがった帽子に、黒のワンピース。
「魔女?」
「よかった、お兄ちゃんにもわかるんなら大丈夫だね」
「ここからこの格好で行く必要もない気はするけどね」
ハローウィンの仮装か、親父が用意したんだろうか。
「一兄も、早く着替えて」
「あ?俺」
「もういいよぉ、夏梨ちゃん、遅くなっちゃう。帰ってきてからでも平気だって」
「ちぇ、せっかく狼男の衣装用意したのに」
…遅く帰ってきてよかった。
「お前ら、行くって、どこ行くんだよ、さっきから」
仮装パーティーか何かあるなら、今はそんな気分じゃない。
出来る事なら、行きたくない。
「織姫ちゃんとこ」
「織姫さんのところ」
仲良くハモって…、って井上のとこ?
「なんで?」
「ああ、もう、そんなこといいよ!」
「織姫さんが夕食にしちゃってたら大変だもん、早く行こっ」
二人の魔女に手を引かれながら、また会えるのに、理由が出来た。

ピンポーン。
はぁい、と返る声。
「黒崎くん!」
開かれたドアに驚きの声、いい反応に来た甲斐があるってものだ。
「こんばんは、織姫さん」
「こんばんは」
遊子と夏梨の二人の魔女が、ひょい、と俺の影から現われる。
「わぁ、可愛いね、二人とも。こんばんは」
「Trick or Treat!」
二人が声を合わせて言うのに、井上がきょとんとする。
「と、言うわけで、織姫ちゃん。来てください」
夏梨が右腕。
「ハロウィンパーティーするんです!」
遊子が左腕。
俺が持つ場所ないんだけど…。
「レッツゴウ!」
楽しそうな二人に引っ張られていく井上。
まぁ、楽しそうだから、いいだろう?

パーティーは親父がバカやったり、遊子の料理を食べたり、夏梨が企画した色々な仮装を楽しんだり、ひとしきり楽しんで。
井上が、楽しそうに笑っていたから、よかった。
何より、一緒にいられたし。
今も、こうしていられるし。
送ると言ったら、夏梨に「今日の一兄、月見たら狼に変身しちゃうから、織姫ちゃん、気を付けてね」とか言われたけれど。
井上を送る道。当然、二人きり。
星が瞬く下を、二人きり。
「なぁ、井上」
「なぁに?」
「Trick or Treat」
いたずら、してもいいか?
「はい」

もらえるのは、甘いお菓子か甘い彼女か。

. . . . .



リクエストに合っていればいいけれど…。
みのる様、よろしければ、お持ち帰り下さい。

ブラウザを閉じてお戻り下さい。