十二月も半分を過ぎればテストからも解放されて、気分は休みにまっしぐら。
近付くクリスマスに色めきだし、即席なカップルもたくさん出来上がっている。
クリスマス。
イベント好きのあの親父が一年で一番はしゃぎまわる時期が訪れている。
クリスマスの次はお正月だ。
まぁ、あの親父の頭の中は一年中温かくはあるんだろうが。
今年も四人しかいないのに派手なパーティでもやるつもりだろう。
「はぁ」
「どうかした?黒崎くん」
「うわ、って井上か」
突然掛けられた声の主は、井上織姫その人だ。
クラスメイトにして俺の死神代行業を知っている数少ない存在。
多かったら問題だが。
「えへへ〜、その通りで〜す」
にこにこと、明るい笑顔を向けてくる。
いつも幸せそうに、楽しそうに笑って。
その裏に、どれだけの強さと寂しさを持っているんだろう。
「何か、悩み事?」
「いや、もう直ぐクリスマスだなぁと思って」
「そうだねぇ、もー、いーくつ寝ーるとー、クーリースーマースーってやつだねぇ」
それはお正月の歌だ。
けどまぁ、嬉しそうにしている顔を見て悪い気はしない。
「それが、ため息をつくことなの?」
「まぁ、その一端」
何が楽しくて神に祀り上げられた男の生誕を祝わなくてはならないのか。
「嫌いなの?クリスマス」
別に否定もしないが、イベントごとに盛り上がる親父さえいなければ。
「いや、」
尋ねる井上の顔に陰りが見えるのは気のせいだろうか。
「街中クリスマス一色だしねぇ」
「井上、24日、暇か?」
「え?」
用事がないなら、独りで過ごすのかもしれない。
兄を喪った彼女なら。
「う、うん。暇、だけど」
「うちさ、あの親父がパーティーをやるんだけど、良かったら、来ないか?」
唐突にひらめいたアイディア。
「でも、迷惑じゃ…。折角のホームパーティー」
「逆、逆。井上がいてくれたほうが絶対あのヒゲ親父は喜ぶし、妹達も喜ぶ。それに、俺も助かるし」
ウソじゃない。あいつら全員が井上の来訪には歓迎するに決まっている。注意関心は全部井上に向くだろ。
ただ、それがたまたま井上ににぎやかなクリスマスを過ごさせることになるってだけだ。
「もし、よければ、だけど」
もし独りなら、このほうがいい。なんて思うのは俺の身勝手でしかないから。
「喜んで、行かせていただきます」
「おう」
「お兄ちゃん、そこの飾り付けやっておいて!」
「一兄、邪魔」
予想通り、いや、予想以上の大喜びだ。
ばたばた、こまごま、二人の妹達はおおはりきりで動き回っている。
イベントごとには大抵いい顔をしない夏梨さえもが遊子といっしょになってクリスマスの飾り付けにいそしんでいる。
「はぁ」
重労働の力仕事を朝から言い渡され、せっせと働いてはいるが、一向に終わる気配は見えない。
「そこぉ!ため息つかない!」
「はいっ!」
二人とも楽しそうだからまぁいいか、なんて考えていた最初が嘘のようだ。
「お兄ちゃん、暇なら食材買ってきて」
「あー、飾りつけのリボンとかも足らないから、それもね」
まぁ、重労働よりは、ましかもしれない。
ルキアは一時的な里帰り。
朽木家でクリスマスパーティーをする、とこっちもすごいはしゃぎようだった。
恋次の苦労が目に見える。
けど、あいつのことだ。それすら嬉しいに違いない。
「鶏肉と、野菜。あとー、飲み物か」
お子様でも飲めるようになっているシャンパンに似せた炭酸飲料を買わなくてはならない。
お菓子の類は遊子が作ると張り切っていたし、ケーキはでかいのを頼んだと親父が言っていた。
ほんとにうちは大喜びだ。
井上を呼ぶ、と言ったときの反応たるや。
明日は騒ぎすぎて迷惑を掛けなければいいが。
まぁ、騒がしいのはきっと嫌いじゃないはずだ。
それなりに楽しんでもらえると思う。
街のクリスマスのムードも、今は気にならない。
気にしている暇もないけれど。
街行くカップル達は幸せそうで、それだけは目に入る。
『一兄、いつの間に織姫ちゃんと付き合うようになったの?』
付き合えたらいい、とか思っていることは内緒だ。
そんなんじゃない、と否定して。
少し残念そうにしながらも概ねやっぱりと思った顔をしている夏梨の表情にほんのり傷付いた事も内緒で。
どうせ臆病者で、今の関係を壊すのが怖い。
『でも、織姫ちゃんフリーなんだね。倍率高そうなのに。うちに来てくれるなんて嬉しいな。あたしも今回は張り切っちゃおうかなー』
言ってた言葉の通りに夏梨は今回の飾り付け担当でかなりの張り切りぶりを見せている。
「付き合ってる奴の話は、聞かないし…、」
いたら啓吾が騒いでそうだ。
それにきっと危ないこともしないだろ。俺だったら絶対止める。
井上は、優しいから。強いから。
ありがとうの感謝も込めて。
「うっし、俺も飾り付け、手伝うか」
頼まれていたのはリボンやモール。
雑貨屋に売っていたのが可愛いから、そこで買ってこいとの指定付きだ。
「あそこか」
飾り付け担当者にはこだわりがあるらしい。
「う…、入りにくいな」
女の子らしい店構え、クリスマスらしい飾り付け。外から見える店内は女の子達がいっぱいだ。
男でいるのは彼女に引き込まれた、彼氏という属性を持つ奴だけに見える。
「いいところにいるじゃねぇか、一護」
「!?その声は」
上から聞こえた声。間違うはずもない。
「恋次」
「ちょっと付き合え」
軽々と地上に飛び降りたのはルキアと一緒に里帰り中のはずの阿散井恋次。
「嫌だ」
取り敢えず即答しておく。
暇じゃないのも事実だ。
「硬いこというな」
がっちりと肩を組まれる。はたから見たら寂しい二人組だろう。
「なんだよ」
「…そこの雑貨屋、一緒に入らねぇ?」
入れなかったんだ。
「いいけど、貸しな」
「なっ」
こいつ自身の用事じゃねぇ。大方ルキアに頼まれでもしたんだろう。
この店にはルキアの気に入りそうな物がいっぱい転がっているからな。
「どうする?」
にやにやと笑って足元を見る。正直俺としても恋次がいてくれたほうがありがたい。
「くっ」
「なんてな。いいぜ、それぐらい」
悔しそうな顔も見られたし、ここら辺で折れてやる。
「助かる…」
よほど死活問題だったらしい。
「ルキアのためだろ?」
「なっ、そんなんじゃねぇよ!その、招待されたのに手ぶらじゃ悪いし、曲がりなりにも朽木家の一員だから、それだけだ!」
あまり理由にもなっていない理由だ。しかし、頼まれたんじゃなくプレゼントだったのか。
「白哉には買ったのかよ」
「これからだ、これから!」
「取り敢えず、入るぞ」
俺は頼まれ物を買わなきゃならないしな。
「…おう」
「ところで、俺がここを通りかからなかったらどうしてたんだ?」
「聞くな」
店内は見るからに可愛らしい商品が所狭しと並べられている。
クリスマスシーズンに合わせられて、それに似合いのグッズがいっぱいだ。
「なぁ…」
入ってしまえば、何とかなるもので。目当てのものも簡単に見つかった。
「なんだ?」
モールは雪の結晶の形を似せたものが付いているのとの指定がされている。されていなかったらどれにしていいか判らないところだったが。
「どんなのがいいと思う?」
「俺に聞くなよ…」
恋次の手にはいくつかのうさぎグッズ。確かに好きだといっていた。
「だって、わかんねーだろ、こんなの」
俺だってわかるわけない。
「お前はプレゼント買わないのかよ」
「一緒に買ってどうする。ってかクリスマスは戻ってるじゃねぇか、あいつ」
「ルキアにじゃねぇよ」
ちょっと不満そうだ。心狭いぞ、恋次。
「じゃあ、誰に」
「織姫ちゃんとかいるだろ」
なんで井上が出て来るんだよ、明日会うなんて知らないはずだろ。それともあれか、俺の態度は恋次みたいに、しかも恋次にわかるぐらいにバレバレだってことか?
「聞いてんのか?一護」
「うっせ、お前には関係ないだろ」
ちょっとショックだ。隠し通せてると思ってたのに。
「なんだ、ふられたのか?そりゃ面白い。ルキアや乱菊さんとかにも教えよう」
「ヤメロ」
あらぬ噂が瀞霊廷内に飛び交う事になる。
「ま、そんな事に構ってる場合じゃなかった。どれがいいもんかな」
様々なうさぎグッズとにらめっこを始める。俺の気持ちなんて全く無視だ。
しかし。
プレゼントか。
折角のクリスマスだ。
喜んでもらいたい。けど、迷惑になるもん選んだら大変だし、困るだけだろ。
俺から貰って、喜んでくれるだろうか。
いや、だけど。
クリスマスだ。
誘ってOKを貰ってる。
プレゼントのひとつくらい、何も問題ないだろう。
「おそーい!」
家に帰りついた瞬間、双子の見事なシンクロを見せつけるかのように二人に声が同時に上がる。
「ご、ごめんなさい」
大人しく素直に謝ると二人とも仕方なさそうな顔をする。
やはり、とても似た姉妹だ。
「じゃあ、あたし、下ごしらえするね」
パタパタと台所のほうへと走っていく遊子に対し、夏梨は頼んだものの一つ一つを確認している。
「それで、一兄」
「ん?」
「いいもの買えた?」
にっこり、と夏梨が笑う。
「気の利く妹に感謝してよね」
そういって、夏梨も居間のほうへとすたすた歩いていってしまう。
「…あ、ありがとうございます?」
誰もいなくなった玄関に取り残された声だけが空しく響いた。
なんやかんや、色々な準備をしているうちに夜も更けてしまって。もう直ぐ、日付変更。
クリスマスイヴ。
準備は万端。
楽しいクリスマスに、なればいい。
いや、ここは。
してみせよう。
楽しいクリスマス。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ、織姫さん」
可愛らしいリースのついたドアを開いて遊子が顔を覗かせ、織姫を迎える。
「今日は、お招きありがとうございます」
ぺこり、と頭を下げており姫が笑顔で言った。
「いーや、愚息の誘いに良くぞのってくださいました、ささっ、中へどうぞ」
「お父さんっ」
遊子の横からずずいと身を乗り出して、一心が織姫を中へと導いた。
「ありがとうございます」
ニコニコと、織姫が楽しそうにしているので遊子もそれ以上は何も言わずに、履きやすいようスリッパを並べた。
「遊子ちゃん、あの、これ、よかったら」
織姫が手にしていたバッグの中から大きめの紙包みを取り出す。
「クリスマスにはあまり似合わないかな、とも思ったんだけど。コロッケなの、よかったら」
「うわぁ、嬉しいです!早速頂かせていただきますね」
遊子の笑顔を見て、少し不安そうだった顔が喜びに変わる。
「おう、井上。今日は悪いな」
「黒崎くん、あ、あの、お招き、ありがとうございますっ」
パタパタと台所のほうに去る遊子の代わりのように、ちょうど一護が二階から降りてきた。
「こっちこそ。楽しんでいってくれ。騒がしいだけかもしれないけどな」
「そんな、そんな」
ぱたぱたと手を振り、大きく否定を表す。
「あ、織姫ちゃん。本当に来てくれたんだ」
居間からひょい、と顔を覗かせて夏梨が織姫を見る。
「夏梨ちゃん、こんにちは」
「こんにちは。あと、メリークリスマス、ようこそ、黒崎家へ」
テーブルに並ぶのはクリスマスっぽい料理の数々。
その中にはもちろん井上が作ってきたコロッケも含まれている。
「ジャーン!超特大ケーキの登場ー!」
親父の馬鹿っぽさも極まってきている。
井上は楽しそうにくすくすと笑っていて、それはなんとも可愛かった。
「織姫ちゃん、ちゃんと食べてる?」
「飲み物、何がいいですか?」
親父だけに限らず、妹達も井上の周りで世話を焼いたり焼かれたりしている。
ちょっとした疎外感を感じるほどだ。
「織姫さん、このコロッケ美味しいです」
「うん、ほんとにおいしい」
丁度手を伸ばそうとしていたコロッケの話になっているらしい。
可愛らしいハート型や星型にされている。まぁ、中には変わった形のコロッケもあったりするが、その辺は井上らしさだろう。
「どうやって作るか、教えてもらえませんか?」
「もちろん」
よほど美味しかったんだろう。まぁ、井上らしいのを選んでみるか。
「でもあれね、形によって味が違うの」
「そうなんですか?私はハート型のを食べたよ。夏梨ちゃんは?」
「あたしは星型の」
俺のは…なんか丸くて半分はとげとげしい形をしてるやつだが。
「うぐっ…」
なんだ、これ。
「い、井上。これって…」
「あ、黒崎くんは黒崎くん型を食べてくれたんだね!さっすが、鋭い」
俺型?つまりはこれ、俺か。
「中にチョコレート、入ってるぞ」
まずくはないが、微妙な味だ。
「うん。黒崎くん、チョコレート好きだってたつきちゃんから聞いて」
そうか、俺が好きだから。ってそういう問題か?普通、コロッケの中にチョコレートはないんじゃないか?それ用の甘いお菓子にするなら別だが、普通ににんじんとかひき肉とか入ってるぞ、これ。
いや、入っているのにそこそこ微妙で済んでいるのがすごいと褒める所なのだろうか。
「もしかして、あんまり美味しくなかった?」
「美味いと言えなくもない」
「あはは、ごめんね。昨日思いついて、ついやってみちゃったの。だから、一個しか作らなくて」
確かに、他は星とハートと普通の丸だ。気付かずに食べてしまった。気付いていれば、無難なものを食べてもっとましなコメントを出来ていただろうに。
「チャレンジャーだな」
「うん」
「次に期待」
「…はいっ!」
そんなに張り切らなくていいのに。嬉しいとは思うけれど。
楽しい時間はあっという間に過ぎて。
一人暮らしだから井上に門限もないがお開きとなった。
泊まっていって欲しい、とねだる妹達にそこまではお世話になれない、と辞退して。
それでも、次の時の約束だけは取り付けられたらしい。
当然、送っていくことになった帰り道。
「楽しかったか?井上」
「うん、とっても!」
こんな最高の笑顔が見られたなら、ホームパーティーも悪くない。
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